社会のあり方が大きく変わりゆく今、子どもたちの教育も変化を迎えています。なかでも、注目されているのが「STEAM教育」。理系、文系の枠を横断して学び、課題解決力や表現力を育む教育手法です。
今回は、行政の立場からSTEAM教育を推進している有田町長・松尾佳昭氏、デジタルクリエイターとして作品制作や教材開発など幅広く行っているしくみデザイン・中村俊介氏、フレル・江口昌紀がそれぞれの商品やサービスとからSTEAM教育との関わり、子どもたちの未来への想いなどを語り合いました。
STEAM教育とは
理系や文系の枠を横断して学び、問題を見つける力や解決する力を育む教育。 STEAMとは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学・ものづくり)、Art(芸術・リベラルアーツ)、Mathematics(数学)の5つの単語の頭文字。
教育のゴールは“有田の子どもたちが自分の力で生きていける”こと
—有田町では積極的にSTEAM教育を推進されています。きっかけや動機を教えてください。
松尾 有田町には現在4つの小学校があり、1,000人以上の子どもたちが通っています。有田の子どもたちは、小さい頃から有田焼を使っているから目が肥えているし、教室の後ろに飾ってあるスケッチや習字が抜群に上手。町長になる前に仕事で色々な学校を視察してきましたが、他の地域と比べてもそういった能力が高いと感じます。
また、有田工業高校には町内からも多くの子が進学しますが、機械科、電気科、セラミック科、デザイン科があって、ものづくりとクリエイティブが混ざっている学校なんですね。この子たちの能力を伸ばしてあげたい、そして将来的にちゃんとご飯を食べられるようになってほしい、という思いからSTEAM教育を進めています。
中村 自治体としてSTEAMを掲げているのが珍しいですよね。有田のイメージは「磁器の町」でした。ものづくりをSTEAMまで発展させて、IT系のテクノロジーもやっていこうとしている。自治体としてはなかなか難しいでしょうし、その分やわらかいなと思います。
松尾 うちは教育長が明るくて熱心なんです。「STEAM教育をやろうと思っている」と話した一週間後には、自分なりにSTEAM教育の進め方についてまとめてきてくれました。普通は止める人が多いと思う。こういう周りの環境は大きいですね。
ただやはり、現場からは色んな声が上がってきます。しくみデザインのSpringin’ Classroomを学校に導入するときも、「もっとプログラミングに重点を置いた教材を入れたい」と言われました。先生たちが子どもの頃はなかった分野ですし、自分たちが理解できないと不安という気持ちもわかります。でも、大事なのは何にでも通用するプログラミング思考を培うこと。それが有田町でやるべきSTEAM教育だと思っています。先生たちは大変だと思いますが、その分しっかりやれば教育や子どもの未来が良い方に変化していくはずです。
—しくみデザインと有田町のかかわりとしては、まず2021年に有田町でSpringin’の子ども向けワークショプをされたんですね。
Springin’とは
しくみデザインが開発・制作を行なったゲームを作ることができるビジュアルプログラミングアプリ。スマートフォンやタブレットで使える。分かりやすいアイコンで直感的に操作できるため、子どものプログラミング教育にも適しており、教育機関向けのSpringin’ Classroomもある。
中村 Springin’を使って全員一つずつゲームを作り、最後に発表するというワークショップですね。1時間半ほどと短いですが、その時間で全員が作品を作ることのできる気軽さが大事だと思っています。ゲームを作りたい、と思ったときにプログラミングの勉強にどれだけ時間がかかるんだ…となりますよね。プログラミングの知識は何かを作るための手段なのに、それを学んでいるうちに目的化してしまうのもよくあることです。Springin’はその過程をスキップして、「つくる」という行為にフォーカスしています。
江口 僕もそのワークショップを見に行ったのですが、本当に感動しました。子どもたちが10〜15人ほどいて、一通り遊んで、作って、発表する。双方向性があるな、と。周りの大人たちが遊んでいる子どもたちをほめていたのも良かった。しくみデザインさんの世界観ってこんな感じなんだなと思いました。
中村 おもしろいのは、例えば「床にボールが転がるゲームを作りましょう」と言っても、子どもたちが作るものはボールも床も転がる角度も、それぞれ違うんです。原理は単純だけど、アプリを使ってできる作品の幅は広い。そこがSTEAM教育として価値があるんじゃないかと思います。
松尾 Springin’を見た時「これだ」と思いました。私の子どもや甥、姪も楽しみながら、感覚的に遊んでいます。子どもたちは何も躊躇することなく作っていて、大人の方が固定概念にがんじがらめになって作れないのかなと。
STEAM教育を実践していくにあたって、せっかくなら教育状況などを前提として共有できる九州の企業がいいなと思っていました。しくみデザインはぴったりだと思って、2022年2月に「STEAM教育実践協定」を結びました。
作ることの楽しさをどれだけ子どもたちに経験させられるか
—そもそも、なぜ今STEAM教育が必要なのでしょうか。
中村 教育ってなかなか変わらないじゃないですか。どうしても教えやすさや、能力を測るためのテストや受験といったこれまでの枠組みに囚われてしまう。でも多くの人は「なんか違うんじゃないか」と思っている。個性を活かして、クリエイティビティを育てられて、能力を高められて…という教育をやっていかなくちゃと思ってはいるけど手段がないんですね。
そこに、これまでになかった「STEAM」の概念を持ってきたことで、「新しいことをしてもいいんだ」と現場の人間は捉えられるようになったと思うんです。「STEAM」といういろんなことが当てはまる言葉があることで、教育の幅が一気に拡がったんです。アプリを使ってゲームを作るのが教育、なんて一昔前は考えられなかったでしょう。
STEAMって普通のことです。理系分野の科目だからそりゃ必要ですねって話なんです。ただ、何のために必要かという問いに対して、「勉強だから」ではなく「表現するための道具がSTEAM」と答えられたら、「じゃあこれを使ってどう表現するの」とつながっていくわけです。
今までみんなが言えなくてモヤモヤしていたことを包み込んで新しい方向に持って行く武器のようなものなんでしょうね。
江口 おっしゃる通りですよね。それぞれの頭文字を取っただけだと、「その教科の勉強をやるんですね」で終わってしまう。そこから、課題を自ら見つけて、さまざまな面から物事をとらえましょう、新しい価値を創造しましょう、というきっかけとして認識されるようにはなったのがSTEAM教育だな、と。
松尾 これからは、決められたように物事を計算して正解を導くのではなく、違う部分を見出す力が必要だと思っています。これまでの教育はテストで良い点数を取れば良かったけど、これからは正解がない。従来のロジックはありつつも、そこに一つ要素を加えることによって解決できることがたくさんあるんじゃないかと。有田は400年の伝統がある町と言われますが「挑戦なくして伝統なし」。現状維持ではやっていけません。
有田の人は何でも焼き物で作ります。時計、バスの掲示板、ドアノブ、電気スイッチ、ホッチキス…それだけ学ぶ探究心があるんですね。そして受け継がれてきたクリエイティブな才能や発想がある。そこに、Springin’やRoRopがハマるのではないかと。子どもの方がうまくできる時もありますからね。
—STEAM教育を受けた子どもたちにどう育ってほしいと考えていますか?
中村 作ることが好きな大人になってほしいです。しくみデザインの理念にも「みんなが作れる人になってほしい」と掲げています。みんなに笑顔になってほしい、どうやったら笑顔になってくれるんだろうと考えていたときに、自分たちを振り返るとその当時で1,500個の作品を作っていました。「作るのが一番楽しいんじゃないか?」と。みんなが作れるようになると、みんながハッピーになって、世界に面白いものがあふれ、世の中が良くなるはずだと思ったんです。じゃあ何で作らないんだろう、と考えると「めんどくさいから」「難しいから」じゃないですか。作ることが楽しくなるツールは世の中に少ない。特に、プログラミング領域ではほぼない。まず勉強しないといけません。そこを変えないとな、と考えました。Springin’もそういう考えから生まれた作品の一つです。
江口 大人になるほど「自分はやらなくていいかな」と言いがちですよね。RoRopの体験会でも「私はいいから子どもにやらせてください」と保護者の方から言われます。「クリエイター」という言葉がありますが、僕は単なる職種・職域を指すだけでなく、「作る状態になっている人」もそう解釈しています。「あなたもクリエイターなんだよ。みんながクリエイターになろうよ」と思うんですよね。
中村 全員が稼げるようなプロのクリエイターになれるわけではないし、そこを目指さなくてもいい。だけど、何かあったとき「ちょっと作ってみよう」と思えるかどうかは大きい。Springin’をタブレットやスマホで使えるようにしているのは「作るためのツール」でもあるんだという認識してもらいたいからです。
普通に過ごしているとタブレットやスマホは誰かが作ったコンテンツを見る「消費のツール」だと思ってしまいます。情報は受け取るだけじゃなくて自分で生み出せるんだというマインドのまま成長していくことで、世に何か新しい価値を生み出せる人になるかもしれない。別に世の中の役に立つものを作らなくてもいいし、お金になるものを作らなくてもいい。でも何かが生み出せれば、仕事にも活きるはず。仕事って基本的には価値を生み出すものだから。
そこに至るにあたって、「俺、小さいときにゲームを作ったから」って言えるかどうかって結構大きいと思うんですよね。
アナログゲームがSTEAM 教育にもたらすもの
—松尾町長と中村さんから見てRoRopはいかがですか?
中村 シンプルでいいですよね。先にルールを知らないと遊べない敷居がゲームにはあります。だからこそ、始めやすさは大事。そういう意味では、わかりやすいですよね。カラフルで触り心地も良い。紙のカードゲームなどとは違う良さを感じます。
松尾 単純明快だけどめちゃくちゃ難しい。それから、今の子どもたちは全然外で遊ばないからこそ木のぬくもりがいいなと。見た目もカラフル。Springin’は直感だけど、RoRopは頭を使わないと勝てないですね。物事組み立てる頭と感覚、デジタルとアナログ、片方だけではなくて行ったり来たりしたり、融合したりしていくことがこれからは大事だと思います。
中村 楽しまないと学びにならないですよね。つまらないのに無理矢理やらされたら嫌いになるだけ。RoRopは「ただゲームで遊んでいただけなのに計算できないと勝てるかわからない。計算大事じゃん!」と学びの入り口への流れができる。
次に緑のブロックが落ちてくるということは、あれを取られちゃうから、今これを取らないとな、と先を読んで考えるのがゲームじゃないですか。そのときに、盤面をパッと見て「いま5×3だぞ」と思えないと勝負ができない。単純なんだけど考える余地があるから結果的に教育につながります。「RoRopを使って九九を覚えましょう」とやってしまうと、とたんに全くおもしろくなくなるでしょうね。
江口 楽しかったら九九は勝手に覚えちゃうんです。中村さんに言われた言葉でとても印象に残っているのが「すごいは一度きり。楽しいは何度でも」。
楽しいから何度も遊ぶ、何度も遊ぶから強くなって結果的に計算も得意になる。子どもたちに「ただ楽しかったからやっていた」と言ってもらえたらいいなと。
何事も楽しんでいる人間には敵わない。だからゲームを作らないといけない、と思ったんです。
それから、ゲームには、ルールがあって、課題を解決することを考える力が大事になります。ゲームマーケットや体験会では、ユーザーが自分でルールを考えて教えてくれることがあります。サイコロを1個追加したり、一度に取るブロックの数を増やしたり。そんな風に、ゲームだけどみんなで育てていくコンテンツにしたいです。自分でゲームやルールを作るのは表現力も身につくし、双方向性があります。自分から発信する、判断することの一助になるのではないでしょうか。教育にどう活かしていくかは、教育に携わる方の意見も今後伺いたいです。
中村 あとは、モノがあるって強いなと思います。アプリは「結局YouTubeの方がおもしろいよね」って別のものに代替される可能性がある。RoRopをやるときは、RoRopしかできないじゃないですか。
江口 デジタル化するにはどうしたらいいかも考えたんですよ。でも、技術的にできても、結果的にひとり遊びになってしまう。実際に見て、触って、ハッとする、一喜一憂する。それをみんなに体験してほしい。デジタルの要素を取り入れたいとなったら、全く別のものを作ると思います。
—それぞれ今後の展望を教えてください。
中村 Springin’ Classroomを早く日本中の学校に導入してほしいです。絶対良いに決まっているんだから。
江口 うちもです(笑)これを読んで「遊びたい」と思う人がすぐに遊べるような環境は作りたい。先生たちや親御さんに「こういうものがあります」とお伝えしたいです。僕のゲームは2〜4人で遊んでもらって、「ここで判断を間違ったよね」とか感想戦や会話をしながらやることが何より大事だと思うので、できれば子どもに接する立場の人に触ってもらいたいですし、子どもと学び合っていただけたらと。
それと、Springin’ Classroomのように実際に教育現場で使ってもらってフィードバックをもらいたいです。フィードバックをもらってブラッシュアップする過程はとても大事。それを子どもたちと一緒にやれたらすごく楽しいんじゃないかと思います。
松尾 これからの未来を創っていく子どもたちには変化を恐れず何にでも挑戦してほしいです。そのベースにプログラミング思考やデザイン思考が必要だと考えています。それらを『楽しむ』ゲーム感覚で学べるSpringin’ ClassroomとRoRopは素晴らしい!有田の子どもたちが触れる機会を積極的に作っていきます。STEAM教育はこれからの子どもたちが生き抜いていくためのスキル。まずは足元から行動を起こして、有田町から世界で活躍できる人材を育んでいきたいです。
プロフィール
松尾 佳昭(マツオ ヨシアキ)
1973年生まれ、佐賀県有田町出身。福岡大学法学部卒業。有田焼窯元勤務、参院議員秘書などを経て、2006年の有田町議選で初当選し、連続3選を果たす。2018年に有田町長に就任。現在2期目。
中村 俊介(ナカムラ シュンスケ)
名古屋大学建築学科を卒業後、九州芸術工科大学大学院(現・九州大学芸術工学研究院)にてメディアアートを制作しながら研究を続け、博士(芸術工学)を取得。2005年にしくみデザインを設立し、参加型のサイネージや、SMAP等アーティストのリアルタイム映像演出など、数々の日本初となる革新的な作品を手がける。2013年には身体の動きを検知し楽器を演奏するAR楽器「KAGURA」が米Intel社主催のコンテストで世界一になるなど、日本のみならず世界各国で数々のアワードを受賞している。また、世界中の人たちが創造的になれるようにとの想いで直感的なビジュアルプログラミングプラットフォーム「Springin’」を開発。福岡県情報活用能力向上推進協議会委員、キッズデザイン賞審査員、アジアデジタルアート賞審査員などに就任、子どもから大人まですべての人をクリエイターにするべく活動中。
江口 昌紀 (エグチ マサノリ)
1982年生まれ、福岡県出身、佐賀県在住。
2001年に高校を卒業後上京、ゲームコンテンツ開発を学びつつも、その後佐賀県に出戻り事務職を経て、2010年にwebを中心としたコンテンツ制作業を始める。
2019年に「ふれあいから、よりよい未来を育む」を事業理念に、人々の琴線に触れるものづくり、ことづくりの企画・開発を行う、フレル株式会社を設立。WEB制作をはじめ、マーケティング等の施策の企画等を行う。2020年よりゲームを通じて好奇心を育み、学びに向き合う力に変えていく活動を行う”Entertainment”と”Education”をかけ合わせた”Edutainment(エデュテインメント)”を事業名とするFulelu Edutainment Gamesを立ち上げ、世の中に「“考える”ことは楽しい。」ことであると啓蒙するべく、第一号製品である知育ボードゲーム「RoRop(ロロップ)」を開発。